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東京地方裁判所 平成5年(手ワ)1596号 判決 1995年6月28日

原告

有限会社サンポー

右代表者代表取締役

干村一幸

右訴訟代理人弁護士

成田健治

高橋治雄

被告

株式会社宮入バルブ製作所

右代表者代表取締役

大山哲浩

右訴訟代理人弁護士

塩川哲穂

被告

大山興業株式会社

右代表者代表取締役

大山浩成

右訴訟代理人弁護士

小川清

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

被告らは原告に対し、各自金二億円及びこれに対する平成五年三月一五日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告らは原告に対し、各自金一億七〇〇〇万円及びこれに対する平成五年九月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告の主張

1  手形金請求

(1) 原告は、別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という)を所持している。

(2) 被告株式会社宮入バルブ製作所(以下「被告宮入バルブ」という)は、本件手形を振り出した。

(3) 被告大山興業株式会社(以下「被告大山興業」という)は、拒絶証書作成義務を免除して本件手形に裏書をした。

(4) 本件手形は、支払呈示期間内に支払場所に呈示された。

よって、原告は被告らに対し、それぞれ本件手形金二億円及びこれに対する満期の日である平成五年三月一五日から支払済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

2  表見代理

仮に孫沢成に本件手形の振出及び裏書の代理権がなかったとしても、孫沢成は当時被告宮入バルブ及び被告大山興業の各取締役であり、被告らの当時の代表取締役の長男であったこと、被告宮入バルブの手形振出行為時には孫沢成が最終立会いをしていたこと、手形用紙、代表者印とも真正なものであることからすれば、原告は孫沢成に本件手形振出及び裏書の代理権があるものと信じたのであり、かつ、そう信じるについて正当な理由がある。よって、被告らは、表見代理制度の趣旨の類推適用により、本件手形の振出人及び裏書人としての責任を負うものというべきである。

また、被告らは、右に述べたとおり表見責任を負うについて帰責事由があるから、商法二三条(名板貸人の責任)を類推適用して、第三者である原告を保護すべきである。

3  使用者責任

仮に孫沢成が本件手形を偽造したものであるとしても、孫沢成は平成四年一一月二七日当時被告らの被用者であり、被告宮入バルブの取締役総合企画室長、被告大山興業の常務取締役の地位にあり、被告宮入バルブにおいて手形振出に立ち会うなどしていたほか、被告宮入バルブの手形帳及び代表者印の保管場所や保管方法を知っていたのであり、また、孫沢成は被告大山興業の事務室に自由に出入りでき、金庫の暗証番号も知っていたのであるから、孫沢成が本件手形を振り出し、裏書をしたことは被告らの事業の執行につきなされたものである。原告は、被告宮入バルブが振り出し、被告大山興業が裏書した手形であると信じて本件手形を割り引いたのであるが、被告らが本件手形金の支払を拒絶しているため、手形割引に際して支出した一億七〇〇〇万円を回収することができず、同額の損害を被った。

よって、原告は被告らに対し、民法七一五条に基づき損害賠償金一億七〇〇〇万円及びこれに対する不法行為後である平成五年九月二一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  不法行為

被告らには、(1)手形用紙、印鑑の保管方法に過失があったこと、(2)偽造手形が発行されたおそれがある場合の調査方法に過失があったこと、(3)新聞に手形の無効広告を掲載するなど損害の拡大を防止する措置を取らなかった点に過失があったこと、さらに被告大山興業には、(4)孫沢成に金庫の暗証番号を教えていたこと、(5)被告大山興業の事務所には施錠の設備が施されていなかったこと、(6)被告大山興業の事務所には役員や社員が常駐していなかったことなどの過失があったことなど、手形の振出、裏書について独自の過失があり、その結果原告が前記損害を被った。よって、被告らは原告の被った前記損害を賠償する責任がある。

二  被告宮入バルブの主張

1  本件手形の振出人の記名押印は、平成四年一一月二七日深夜、孫沢成が被告宮入バルブの金庫から会社保管の手形用紙を窃取し、代表者印を盗用して偽造したものである。

2  孫沢成には手形振出権限はない。被告宮入バルブ振出の手形については、笠島専務取締役が社長立会いのうえで内容を確認することが慣例となっており、社長が不在のときは副社長又は孫沢成が立ち会うことにしていた。その立会いの実態は、支払予定表に書かれている宛先や金額との間に間違いがないかどうかを確認する形式的なチェックであり、孫沢成が笠島専務取締役の手形振出行為を監視する立場にあったわけではない。したがって、孫沢成には手形振出権限はなく、また、孫沢成の手形偽造行為が被告宮入バルブの事業の執行につきなされたものとはいえない。

3  原告は、本件手形を割り引くに際し、一億七〇〇〇万円を支出したことはない。

4  抗弁

原告は、額面金額が二億円という極めて高額の手形を割り引くに際し、事前に書面による振出確認をしなかったうえ、裏書人の住所や身元を確認せず、さらに裏書人が手形を取得した経緯も調査しなかったから、原告には手形の振出がその職務権限内で適法になされたものでないことを知っていたか、又は知らなかったことについて重大な過失がある。

三  被告大山興業の主張

1  本件手形の裏書人被告大山興業の記名押印は、平成四年一一月二七日深夜、孫沢成が被告大山興業の本社から手形用紙を窃取し、会社記名印、会社実印を盗用して偽造したものである。

2  本件手形の満期欄はもと「平成五年一月二九日」であったが、その後何者かによって「平成五年三月一五日」と変造された。被告大山興業は変造前に裏書しているから、変造前の文言に従って責任を負うものであるところ、変造前の満期日である平成五年一月二九日に呈示がなされていないから、遡求の要件を満たしていない。したがって、被告大山興業は手形金請求につき責任を負わない。

3  原告は孫沢成と直接法律行為をした第三者ではない。したがって、民法一一〇条の適用ないし類推適用はない。

4  孫沢成は被告大山興業の被用者ではない。仮に孫沢成が被告大山興業の被用者であったとしても、孫沢成は被告大山興業において経理事務や手形事務を担当したことは一度もなく、手形の裏書や手形の作成をしたこともない。また、被告大山興業において、会社実印を使って手形の振出行為がされたことは最近ではない。さらに、被告大山興業が手形に裏書をしたことは一度もない。したがって、孫沢成の行為が事業の執行につきなされたと見られる余地はない。

5  抗弁

原告には、本件手形の裏書がその職務権限内で適法になされたものでないことを知らなかったことについで重大な過失がある。

第三  判断

一  被告宮入バルブの責任

1  手形金請求について

甲第一号証の一ないし三の存在、第七号証の一ないし三、第八号証、乙イ第一ないし第七号証、第一一号証、第一五号証、第一九、第二〇号証、第二三、第二四号証、第二六、第二七号証、乙ロ第七ないし第九号証、証人孫沢成及び同笠島秀夫の各証言、被告大山興業代表者本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、孫沢成は平成四年一一月当時被告宮入バルブの取締役総合企画室長であったが、手形振出の権限はなかったこと、本件手形の振出人欄の被告宮入バルブの記名押印は、孫沢成が平成四年一一月二七日の深夜、被告宮入バルブの本店事務所に侵入して金庫から手形用紙を窃取したうえ、会社の記名印と代表者印とを使用して、被告宮入バルブに無断で作成したものであることが認められるから、本件手形の被告宮入バルブの記名押印は孫沢成が偽造したものであることが明らかである。したがって、被告宮入バルブは本件手形の振出人としての責任を負わない。

2  表見代理の主張について

原告は、原告は孫沢成に本件手形振出の代理権があるものと信じたのであり、かつ、そう信じるについて正当な理由があると主張するけれども、手形行為につき表見代理の規定を適用するに当たって、代理権ありと信ずべき正当の理由ある第三者とは、手形行為の直接の相手方を指すものと解すべきところ、前記1掲記の各証拠及び証人吉本隆之の証言によれば、原告は振出人である被告宮入バルブの直接の相手方ではないことが明らかであるから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は商法二三条を類推適用すべきであると主張するけれども、本件全証拠によるも、被告宮入バルブが「自己ノ商号ヲ使用シテ営業ヲ為スコトヲ他人ニ許諾シタル者」に当たると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

3  使用者責任に基づく損害賠償請求について

甲第二号証、第三号証の存在及び前記1掲記の各証拠によれば、(1)本件手形は、孫沢成が平成四年一一月二七日の深夜、被告宮入バルブの本店事務所に侵入して金庫から手形用紙を窃取したうえ、偽造したものであること、(2)本件手形の振出人欄の被告宮入バルブの住所印と記名印は、同被告の経理課で手形に使用している正規の住所印と記名印ではなかったこと、本件手形の金額欄の記載も被告宮入バルブのチェックライターによるものではなかったこと、(3)孫沢成は当時被告宮入バルブの取締役総合企画室長であったが、同人には手形振出の権限はなく、これまで手形の振出事務を担当したことは一度もなかったこと、被告宮入バルブでは手形の振出交付に関する事項は経理課が分掌することになっており、総合企画室には手形の振出交付に関する権限はなかったこと、(4)被告宮入バルブにおいては手形の振出交付の権限を経理担当の笠島秀夫専務取締役に授権していたこと、笠島専務取締役は社長立会いのうえで手形を振り出しており、社長が不在のときは副社長又は孫沢成が立ち会うことになっていたが、これまでに孫沢成が立ち会ったのは一回だけであったこと、しかも、右立会いの実際は、手形の名宛人と金額が間違っていないかを確認するという形式的なものであり、立会人に実質的な手形振出権限を与えたものではないこと、(5)被告宮入バルブはこれまで自己振出の手形を使って金融機関以外の街金融業者から資金を調達したことは一度もないことなどの事実が認められる。右認定事実によれば、孫沢成の本件手形の偽造行為は、同人の職務行為の範囲内に属するとはいえず、また、同人の職務と密接に関連する行為とも認められないから、被告宮入バルブの事業の執行につきなされたものとはいえないと解するのが相当である。そうすると、原告の使用者責任に基づく予備的請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

4  不法行為に基づく損害賠償請求について

仮に被告宮入バルブに原告主張のような過失があったとしても、被告宮入バルブがどのような違法行為をしたかについて原告は何らの主張をしない。また、被告宮入バルブに原告主張のような過失があった場合、通常、手形の偽造がなされ、その手形が転々流通して第三者がこれを取得し、その結果第三者が手形割引金相当額の損害を被ることになるとは必ずしもいえないから、被告宮入バルブの過失と原告の損害との間には相当因果関係がない。したがって、不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。

二  被告大山興業の責任

1  手形金請求について

乙ロ第一ないし第五号証、第一〇号証の一、二、第一〇号証の三の一、二、第一三号証及び前記一1掲記の各証拠によれば、孫沢成は平成四年一一月当時被告大山興業の常務取締役であったが、手形振出の権限はなかったこと、本件手形の裏書人欄の被告大山興業の記名押印は、孫沢成が平成四年一一月二七日の深夜、被告大山興業の本店事務所に侵入して金庫から手形用紙を窃取したうえ、会社の記名印と代表者印(実印)とを使用して、被告大山興業に無断で作成したものであることが認められるから、本件手形の被告大山興業の記名押印は孫沢成が偽造したものであることが明らかである。したがって、被告大山興業は本件手形の裏書人としての責任を負わない。

2  表見代理の主張について

原告は、原告は孫沢成に本件手形裏書の代理権があるものと信じたのであり、かつ、そう信じるについて正当な理由があると主張するけれども、手形行為につき表見代理の規定を適用するに当たって、代理権ありと信ずべき正当の理由ある第三者とは、手形行為の直接の相手方を指すものと解すべきところ、前記二1掲記の各証拠及び証人吉本隆之の証言によれば、原告は裏書人である被告大山興業の直接の相手方ではないことが明らかであるから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は商法二三条を類推適用すべきであると主張するけれども、本件全証拠によるも、被告大山興業が「自己ノ商号ヲ使用シテ営業ヲ為スコトヲ他人ニ許諾シタル者」に当たると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

3  使用者責任に基づく損害賠償請求について

甲第四号証、第五号証の存在及び前記二1掲記の各証拠によれば、(1)孫沢成は、弟で被告大山興業の従業員であった孫浩成を事実上補佐したり、手伝ったりしたことは何度かあったが、それ以外には被告大山興業の仕事をしたことはなかったこと、被告大山興業は孫沢成に対し給料も報酬も払っていなかったこと、(2)本件手形の第一裏書人欄は、孫沢成が平成四年一一月二七日の深夜、被告大山興業の本店事務所に侵入して金庫から手形用紙を窃取したうえ、偽造したものであること、(3)孫沢成は当時被告大山興業の常務取締役であったが、名義上の役員であったこと、同人には手形の振出裏書の権限はなく、これまで手形に関する事務を担当したことは一度もなかったこと、被告大山興業では手形の振出に関する事項は大山淑子社長の権限であったこと、(4)被告大山興業はこれまで手形の裏書をしたことは一度もないことなどの事実が認められる。右認定事実によれば、孫沢成は被告大山興業の被用者とはいえないから、使用者責任に基づく損害賠償請求は失当である。また、仮に被用者に当たるとしても、右認定事実によれば、孫沢成の本件手形の偽造行為は、同人の職務行為の範囲内に属するとはいえず、また、同人の職務と密接に関連する行為とも認められないから、被告大山興業の事業の執行につきなされたものとはいえないと解するのが相当である。そうすると、原告の使用者責任に基づく予備的請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

4  不法行為に基づく損害賠償請求について

仮に大山興業に原告主張のような過失があったとしても、被告大山興業がどのような違法行為をしたかについて原告は何らの主張をしない。また、被告大山興業に原告主張のような過失があった場合、通常、手形の偽造がなされ、その手形が転々流通して第三者がこれを取得し、その結果第三者が手形割引金相当額の損害を被ることになるとは必ずしもいえないから、被告大山興業の過失と原告の損害との間には相当因果関係がない。したがって、不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。

三  以上によれば、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官矢﨑博一)

別紙手形目録<省略>

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